大判例

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水戸地方裁判所 昭和40年(レ)3号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕<証拠>によると、被控訴人がはじめに控訴人から本件家屋を賃借したのは昭和一二年六月二七日のことであり、当初は期間の定めがなく、賃料月額一七円の約であつたが、その後賃料が逐次改訂されて昭和二六年二月頃には月額一、五〇〇円となり、昭和二七年五月より一、七〇〇円、昭和二八年二月より二、五〇〇円、昭和二九年一一月より三、七〇〇円、昭和三二年二月より四、〇〇〇円、昭和三四年九月より五、〇〇〇円とつぎつぎに増額され、このようにして二〇有余年にわたつて賃貸借関係が継続してきたところ、同年一〇月一日に至つて改めて控訴人主張のような契約が当事者間に締結された事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

ところで、右契約中には賃料不払のときは催告を要せず本件契約を解除できる旨の特約が存することは前記のとおりであるが、本件契約前に既に長期間にわたつて当事者間に相互の信頼関係を基調として賃貸借関係が継続し来たつた事情を考慮すると、右特約は賃料の遅滞があれば直ちに解除権が発生する趣旨のものと解すべきではなく、その賃料の延滞が本件契約関係の継続を許しがたい程度の背信行為に該当した場合にのみ無催告で解除しうるべきことを定めたものと解するのが相当である。≪中略≫<証拠>を綜合すると、昭和三六年七月中旬控訴人から被控訴人に対し、本件家屋を翌昭和三七年春頃までに買取つてほしい旨の要求並びにその時までの賃料改訂についての話が持ち出され≪中略≫その後その買取および賃料値上げの交渉もされないまま被控訴人が同年七月分の賃料支払を留保していたところ、同年八月末に至つて控訴人から賃料を八、〇〇〇円に値上げするとの申出がなされ、これに対し被控訴人は一、〇〇〇円程度の値上げはやむをえないものとは考えたもののその話を勧めるため荏苒日を重ねるわけにもいかず、同月三一日後日の交渉を期してとりあえず従前どおりの割合による賃料として、七、八月分の合計一〇、〇〇〇円を持参して控訴人方を訪れたが、被控訴人から月八、〇〇〇円の割合でなければ受領しない意思を明らかにされたので、これをそのまま持ち帰り、七、八月分として一〇、〇〇〇円を同年九月一三日に、以下いずれも一ケ月五、〇〇〇円の割合で九月分を同年一〇月三〇日に、一〇月分を同年一一月一日に、一一月分を同年一二月一日に、一二月分を翌昭和三七年一月八日にそれぞれ供託したところ、同月一二日控訴人は前記契約解除の意思表示をするに至つた事情を認めることができ≪中略≫一方<証拠>によれば、前記値上げの話は一応の提案をしたに過ぎず、借地法上の増額請求権を行使したものではないことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右の各事実に照すと、賃料改定の交渉はいまだ合意に達していなかつたのであるから、被控訴人において八、〇〇〇円の賃料を支払うべき義務はないが、少くとも従前の額による賃料を支払うべき義務があつたところ、昭和三六年九月分以降同年一二月分までの賃料については弁済の提供をすることなく供託手続をしたことは前記のとおりであるが、控訴人が前記のとおり七、八月分の賃料につき一たん受領を拒絶したからといつて、翻意してその後の賃料を受領することもあり得るのであるから、右の受領拒絶が爾後五、〇〇〇円の割合では一切受領しないという明確な意思を伴つたものとは認められない本件においては爾後の分についても弁済の提供を要するものと解すべきである。したがつてこれを怠つた同年九月分以降の供託はその効力を生ずるものではなく、履行遅滞の責は免がれないものの、被控訴人において従前の約定賃料を支払う意思も能力もない場合であればとも角、その意思も能力も充分にあつたことは前記弁済供託の事実に徴して明瞭であるし、また前述のように一七円から五、〇〇〇円まで累年のように賃料が増額され、被控訴人がこれに不服を唱えたこともあつたが、結局においてはその都度値上げに応じて、その支払をしてきたところへ、またまた三、〇〇〇円値上げの話が持ち出され、その際の控訴人の態度から推して速やかに解決する目途もたたなかつたのでとりあえず昭和三六年七、八月分について従前の割合で持参したところ、受領拒否の態度に出たという事実もあつたので、被控訴人において爾後の賃料について従前の割合で提供しても受領を拒絶されるであろうと思い込んだのも、あながち無理からぬ事情にあることが窺われ、同年九月分以降の賃料をいきなり供託したことにつき一概に被控訴人の軽卒を責めるのは酷と認められること等の事情に加えて、被控訴人が本件遅滞に至るまでは、二二年間にわたつて賃料を怠ることなく(このことは原審における控訴本人尋問―第一回―の結果により認められる。)、誠実な賃借人として終結してきた事実を併せ考えると、前記の遅滞をもつて被控訴人において本件賃貸借の基調である信頼関係を破棄する程度の不誠意があつたと即断することはできないのみならず、控訴人においても、原審において自ら供述しているごとく、あえて値上げにこだわらず従前の賃料額でも受け取る積りであつたというならば、その旨を被控訴人に告げることは一挙手をもつて足りるのであるから、かかる手段を尽してなお賃料の不払があれば、そのときこそ解除権を行使するのが、長年にわたり貸主としての地位にあつたものの信義に則つた態度というべきであつて、毎月供託通知書の送付を受けながら半年もの間放置して、前記特約の存在を理由に、即時解除の通知をすることは、信義則に反し、この点からしても本件解除の意思表示は効力がないものといわねばならない。(太田夏生 石崎政男 佐野精孝)

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